良妻の仮面を外した真性マゾ妻の告白
告白◎絵夢(仮名)
私のようなありきたりの主婦が、貴誌のような雑誌に投稿していいのでしょうか。迷いますが、KM様に励まされて、SMの世界の入り口に立った、今の心境を書かせていただきます。
私は取り立てて書くこともない、平凡な人生を送ってきました。28歳で結婚してからは、夫と子ども二人に心から尽くす、良い妻・良い母として生きてきたつもりです。
毎朝夫と子どものお弁当を作り、学校の準備を整え、笑顔で送り出す毎日……それが私の誇りであり、生きる意味でした。
「美味しかったよ」と言われ、空になった三つのお弁当箱を洗う時、私はいつしか笑顔になり、一日の疲れも飛んでしまいます。
でも、そんな自分の心の中に、小さな暗がりがあったのです。その種子は、子どものときに芽生えたのだと思います。
折檻を目撃して
私は地方のサラリーマン家庭で育ちました。父方の祖父母が封建的だったからか、父も気に入らないことがあると、よく母を打ちました。ケガをするほど痛めつけることはなかったのですが、幼い私は心の底から怖くて、震えていました。口にこそしませんでしたが父は、
(お前も言うことを聞かないとこうなるぞ)
(お前が悪い子だからお母さんが罰を受けているんだぞ)
という気持ちでわざと見せていた気がします。
私はいつも、その恐ろしい光景から目が離せませんでした。怖いだけではなく、なぜか胸の奥がざわついて、じっと見てしまうのです。
そのうち悪癖を覚えました。自分で自分の腕や太ももをつねるのです。授業中の教室で、寝つけない夜の布団の中で。自分をつねると落ち着きました。
誰かに強く叱られているみたいな、心がしびれるような気持ちです。次第にやめられなくなっていきました。
ある時、母が見つけて、
「何してるの、やめなさい」
と言ったときの形相が怖くて、それからは隠れてするようになりました。
自分で自分を気持ちよくすることはいけないことなんだな、と察したことでした。小学三年のころの出来事です。
同時に、父に打たれるところを私が見ることが、母は恥ずかしいのだと悟りました。
私が親の言いつけを守れなかったり、お行儀が悪かったりするから母が叱られるのだ、父に良く思われる子になろう、と心に誓ったのもこのときです。
あの後ろ暗い胸のざわめきと悪癖がよみがえったのは、中学二年のときでした。
私は軽音部で、その日は部活のない日でしたが、一人練習をしようと部室に行きました。
楽器室の扉に手をかけたところで、中から人の声がするのに気がつきました。何か変な気配だったので、ドキッとしてすき間から中をのぞきました。
凍りつきました。三年生の男子三人が、椅子に座った一年生を囲むようにして立っていたからです。ひと目見て、いじめの現場だとわかりました。
上級生は、一年のくせに生意気だとか、演奏をさぼったとか言っていたと思います。
一年生はずっと下を向いていて、何も言わず、震えているようでした。先生を呼ぼうかどうしようか迷っていると、ビーッと大きな音がしました。
一人の上級生がガムテープを取り出して、一年生を椅子に固定しはじめたのです。他の二人は一年生が逃げられないように、手足を押さえています。
色白で体つきが華奢で、でも顔立ちの整った男の子でした。少女漫画に出てくる中性的な少年みたいで、その容姿がいじめっ子たちの何かを刺激しているような気がしました。
「やめろよ」が「やめて」に変わるころには、上半身を背もたれに、左右の足首を椅子の足にくくりつけられて、動けなくさせられてしまい、泣きたいのを必死にこらえているのが伝わってきます。
はやし立てていた上級生もヒソヒソ声になり、どうやら一年生はズボンの前を開けられて、性器を出されたようでした。
えっ……。
思いもかけぬことを目撃して、奇妙な熱が体を駆けめぐりました。そして下腹部の奥が痛いほどきゅーんとなりました。
いじめられる下級生を見て、私は性的に反応していたのです。それ以上見ていられないと思い、足音を立てないようにして、部室を後にしました。
顔が真っ赤にほてっているのが自分でもわかります。無我夢中で歩き出すと、パンツが濡れているのに気がつきました。
驚いて失禁してしまったと思い、急いで家のトイレに入りましたが、オシッコではなかったのです。もっとベトベトした液体です。
これが愛液というものかと驚きました。男の子がいじめられている現場を見て、性的に興奮してしまった……。
明らかに、自分はおかしいし、いやらしいと思いました。でも、それよりも、あの光景をもう一度見たいという気持ちのほうが勝ちました。
この続きは、マニア倶楽部2026年5月号をご覧ください。







