*1月27日発売の3月号「交際希望メッセージ特集」から、3人のM女性をご紹介します。
本誌には、合計72名分のメッセージが掲載されております。
なお、回送のお手紙を送るには本誌に付いている「回送チケット」が必要になります。
「バス通勤中の私をメールで遠隔調教して下さい」
ピッピ(PN)22歳。九州地方在住。回送方法〈手紙〉
年上の方を希望ですが、ケータイメールを打つのが早い人がいいです。地域不問。

「こんにちは。とても臆病な女の子ですが、SMが好きです。好きと書いてしまいましたが、経験はまだありません。
SMは、高校生のころに友達からレディコミで見せられて、興味を持つようになりました。
『マニクラ』はレディコミの広告でよく目にしていましたが、実際に買うようになったのは2年前からです。
私は、自分のことを絶対にマゾだと思いますが、具体的にこういうプレイが好きと言う、強いものはありません。いまでも人見知りで、恥ずかしがり屋ですが、急に大胆な言動をしてしまい、まわりの人を驚かす一面もあります。
通勤にバスを利用してますが、その片道20分ほどの間に、メールで調教プレイをされてみたいんです……」
以下、本誌をご覧ください。
「17年間もの長き強姦妄想をサドルに擦り付ける私です。」
ラパン(PN)、34歳、関東地方在住。回送方法〈手紙〉
年齢も容姿も不問ですが、リアル交際が希望なので首都圏在住者限定でお願いします。コスプレではありませんので、職業もリアルにガテン系の方を求めてます。

「 前略。交際希望用のビデオ、ご送付します。私、年齢も年齢ですし、既婚者で一児(小二)の母である点、まずご理解いただきたく思います。産休・育児休 暇はとりましたが、ずっと仕事を持っておりまして、二年前から職務の都合上、会社近くにアパートを借り、月に十日ぐらいはそちらで寝泊まりしております。
ほとんど仮眠室状態の殺風景なお部屋ですが、ここで時々一人過ごすようになってから急速に、かつての思春期時代に悶々とした、ドロドロした衝動が抑えがた くなり、結婚を期に卒業したはずの『マニア倶楽部』をまたこっそり手にしては、抑えがたく込み上げる恥ずかしい衝動を、一人で慰めるようになりました。
高校時代の私は、牧歌的な地方で暮らしてまして、自転車通学してました。はじめて自転車に乗ったのは、小学4年生のときでしたが、そのとき、何か股間がこ すれる感じが嫌で、乗らなくなっていたのですが、高校生になってからは、学校までの距離と時間の関係で自転車通学するようになっていました……」
以下、本誌をご覧ください。
「我慢できなくなるまでお尻を叩かれて、最後はやさしく抱きしめてほしい。」
飯塚聡美(仮名)32歳、東京都、回送方法〈メール〉
性別は問いません。年齢は私よりも年上でなるべくなら近くにお住まいの方がいいですが。これもこだわりません。

「その事実に気がついたのは、いつの頃かはっきり思い出せませんが、まだ学校に通っていた時期だったことは確かです。
私は高校までずっと女子校でしたが、もちろん、学校では罰として叩かれたことは全くありません。叩いたのは今は亡き母でした。
小さな頃はよくお尻を叩かれました。どうしてあんなに叩かれたのだろう……そう思います。なにかというと、ピシャピシャ、ピシャ……。
お店で働いていた母は、それをうめあわせるかのように本当に私にやさしくしてくれました。甘い母でした。買えるものはなんでも買ってくれましたし、たいていのワガママは笑って聞いてくれました。
ただし、機嫌の悪い時は別でした。本当に機嫌の悪い時は子供心にも一目でわかるのですが、どんなに用心してもダメで、逆に緊張してヘマをやり、さらに手ひどく叩かれたりしました。
手荒く腕を掴まれて、何回も何回もお尻を叩かれるのです。服の上からですが、スカートが邪魔な時はめくられて叩かれることもありました。痛いというより、怒られたショックと、母親の剣幕で、私はいつも心の底から震え上がりました。
……でも、私が泣いていると、しばらくして(今にして思うと)カッとして叩いたことをちょっと後ろめたく思っていたらしい母が、
「聡美、いい子にしてね。ママは本当にあなたが大好きなのよ」
と言って抱きしめてくれるのが常でした。もちろん、夜は一緒に寝てましたが、昼間は母といれない私にとって、母に優しく抱きしめられるのはすごく心地よく、母の機嫌が直った安心感もあり、またシクシク泣き出してしまうのでした。
「泣き虫さんね」と言って撫でてくれる母親は本当に今でも懐かしく、思い出すのはその時の顔なのです。他の時は照れくさいのか、ねだっても、滅多に抱きしめてはくれなかったのですが……。
小学校も中学年になると、叩かれる回数は減っていきました。それとともに、抱きしめてくれることもほとんどなくなりました。
私は自分の部屋をもらい、寝るのも別になり、多分、私はさみしかったのです。母が気がつくようにわざと失敗したりして、お尻を叩かれようとしたのです。ちょっと痛くたって、あとから抱きしめてもらえればいいのです。
母はイライラしている時は私の誘いに乗って、逃げる私を追いかけてきてはお尻を叩きました。でも、たいていは「さとみ!」と叱責するだけで、ひどい時は疲れているのか、母は気がつかないフリすらして、私をガッカリさせました。」
以下、本誌をご覧ください。