【投稿変態熟女10】結婚して27年間、貞節を守り続けてきた 52歳の貞淑妻・さなえの告白

◎出張前の秘密撮影

このような投稿をすることに
なってしまって、いまだに身の置所のない恥ずかしさに、いたたまれません。そして、私のしでかしてしまったことの不道徳さや、これからの私は一体どうなってしまうのかしらと想像すると、末恐ろしささえ覚えてしまいます。
同封の写真は、結婚以来、初めて主人以外の男性を受け入れてしまった時のものです。しかも、主人の見ている前で……。 決して私は同意していたわけではないんですが、他人のおちんちんに突きあげられた途端、主人の目の前だというのに、あられもない絶頂を何度も何度も繰り返してしまいました。
「オレとの時より、何倍もスゴいヨガりぶりだったぞ。あんなエロいアクメ姿、どうして今まで見せてくれなかったんだ」

と主人は淫らな言葉で、今でもしょっちゅうからかいます。そうやってからかわれると、私の意志に反し、あそこは勝手にその時のことを思い出し、困ってしまうほどにドッと熱いおツユをこぼし、ヒクヒクいやらしい反応を起こしてしまいます。 もう以前のような、平凡ながらも、主人とだけの貞淑だった頃の私には戻れないんだわ、と打ちのめされてしまいます。
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【MC30】私は中学生のときから「汚れた下等女」になりました。 告白者◎かおり(仮名)

編集部注:前号のマニア倶楽部(2012年3月号)で投稿写真と手記を掲載した、かおりさん。その手記には、かおりさんの「秘密」のことがほのめかされているだけでした。なぜ自分を「汚れた下等女」と書くのか?その秘密のすべてを綴ったお手紙がかおりさんから届きました。

先日は投稿採用のご連絡、ありがとうございました。お蔭様でご主人様からご褒美として、年の瀬ギリギリに一カ月半ぶりの調教をいただくことが出来ました。夜通しの、九時間にも及ぶ密度の濃い調教で、感激しました。年明けの今でも、まだ全身に残る厳しい調教の痕が火照り、そこを手でさすっているだけで高まってしまいます。
前回の投稿では、ご主人様にまだ話していない事柄まで告白すべきではないと思い、手記には曖昧なことしか書けませんでしたが、この調教の時にやっと自分の汚れた肉体の全てを、包み隠さずお話しました。ご主人様から、編集部・読者さんにも報告するようにとのご指示がありましたので、再度の投稿の失礼、どうぞお許しください。

養父との秘密の関係

私は中二の時、一度死にました。父は小規模ながら水産加工の会社をしていたのですが、知人の借金の連帯保証が重荷となり、倒産・一家離散となったのです。その時に両親から、
「家族もこれまでの薫も、死んだものと思って生きなさい」
と言われました。祖母・父・母・私・妹の五人は、それぞれ別々に夜逃げしました。
私の逃げた先は、母のイトコ宅でした。もう養子手続きが出来ていて、私は別の姓に変わっていました。
母のイトコ宅は理髪店で、オジさんとオバさんの二人で働いていて、マモル君(仮名)という私より三歳年下の小五の男の子が一人いました。
「マモルはあんなふうで頼りないから、このお店は薫ちゃんに継いでもらうからね」
と言われていました。マモル君は勉強もスポーツも苦手で、一人っ子の甘えん坊でした。
最初は期待されているようでうれしく思ってましたが、そのうち養父母の思惑に気付きました。私が宿題とかしていると、
「理容師に学歴は必要ない」
とお小言を繰り返し、高校進学もないのだと分かりました。私が理容学校を出たらいずれマモル君と結婚、というのが養父母の描いていた人生設計です。
中二の終わりの修学旅行も、マモル君の小学校の修学旅行とダブるため、参加させられないよと言われました。
「これ、毎月の薫ちゃんの生活費だよ。薫ちゃんが来てから、家計は赤字続きなんだから」
まだ三カ月ぐらいしかたっていなかったのに、養父母は百何十万円だかのお金を私に使ったと、見せられた帳簿上ではそうなっていました。お店を継ぐと言うのは、私にかかった生活費をお店で働いて返せ、と言う意味なんだなと分かりました。
お客さん扱いはこれで完全に終わりました。
「これまでの薫は、死んだものと思って生きなさい」
との両親の言葉を胸に、私はお店や家事のお手伝いに励みました。多少なりともお手伝い料で、私の生活費の借りが相殺されると聞かされたからです。
でも、特に苦労とは思いませんでした。夜逃げした家の子だから、こうなるのが当然だと納得していました。
「ピアノだの塾だのっていう生活だったに、薫ちゃんもかわいそうに。アイツは外ヅラだけはよくても性格がきつくてな」
養父は養母より十歳以上年上の無口な人で、なんでも養母の言いなりの感じでしたが、時々養母の目を盗んでは優しい言葉をかけてくれたり、百円・二百円単位でしたが、お小遣いもくれたりしていました。
ただ私には、そんな養父の優しさには、なにか違うものを感じてました。
「追い焚き代の節約だから」
マモル君が修学旅行に出かけた夜、私がお風呂に入っていたら養父が入って来ました。養母はPTAの役員としてマモル君の修学旅行の引率に加わって留守だったのです。
養父の侵入に驚きながらも、悲鳴をあげたり抵抗するでもなく、ああ、こういうことだったんだわ、と思う私でした。
「なにそんなに顔をそむけている。親子水入らずのお風呂なんだぞ。当たり前のことだろう」
一緒の湯船の中、徐々に身体のあちこちをサワサワ触られ、促されるまま湯船から上がるとシャンプーをされました。
「ありがとうございますも言えないのか。いつまでもそんなにふくれっ面で下を向いてると、洗いにくいんだよ」
頭をゴツンとぶたれ、顔を上げると、ホッペに熱い不気味な感触があって、ハッと見ると養父の股間から大きな肉棒がそそり立っていました。シャンプーが目に入ったのと、初めて見る肉棒の異様さに、急に涙が出てしまいました。
シャンプーのまま、全身も泡だらけにされ、養父に前から後ろから抱きすくめられました。荒い息遣いと、あちこちに押し付けられる肉棒の感触に、恥ずかしさと嫌悪を覚えながらも、これは借金で夜逃げした家の子の報いなのだから、と必死に自分に言い聞かせていました。

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【MC30】「皆さん、ごめんなさい。私は人格のない性処理道具になりました」告白者◎まり(仮名)

本当の私

こんにちは。二年前に交際希望メッセージを載せていただきました、まりと申します。まずそのことで読者の方たちと編集部の皆さんに謝らないといけません。
そのとき私は自分が大学を卒業してホテルのフロントで働いているかのように偽ってしまいました。本当はホテル関連の専門学校に進学が決っていただけでした。
ホテルのフロント係になりたいという夢と、もうひとつのいやらしい夢だった全頭マスク奴隷になることをいっしょにして妄想していたのです。そのときパソコンで書いた文が残っています。

*      *

こんにちは。24歳のマニクラ愛読者です。大学卒業後から都内のホテルに勤務して、現在は希望だったフロントにおります。
私は両親が教師なので、小さい頃から「いい子」「優等生」でなくてはいけませんでした。勉強の成績が落ちてはいけないし、お行儀もよくしていなければいけませんでした。
ずっと優等生的に生きていかなければならない自分を捨てたいとまでは思わなかったけれど、たまにはそんな自分の殻から抜け出したいと思っていました。クラスの子たちと遊びに行くことも親から許されませんでした。
そんな私には本が友達でした。あるとき、本の中でヴェネツィアで行われてるカーニヴァルの「マスケラ」という仮面を見ました。顔が隠れて誰だか判らなくなる仮面というものに興味を持ちました。
それから、古代ギリシアの劇では、役柄に応じて仮面を付け替えて演じ分けてたということも知りました。私も仮面をつければいろいろな人になれると思いました。
それと、幼稚園の頃から父に剣道を教えられていました。小学校高学年の頃になると、剣道のお面が稽古の汗でとても臭くなるようになったのです。でも、私はそのにおいが嫌いではありませんでした。というより、好きでした。
そのうちにSMにも魅せられてしまいました。そこで出会った(写真を見ただけなので、大げさですが)のが全頭マスクだったのです。その黒い異様な恰好は衝撃でした。そして、恰好だけではなく用途面でも危険な香りを感じました。
普通、仮面は自分の意志で顔を隠すものだと思います。でも、全頭マスクは意志や表情を他の人に封じられて自分の人格を否定されるためのものです。ものすごく体が震えました。

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【MC28】「中学生のとき、手作りの粘土男根をあそこに挿入して、登校していた私は、恥知らずな〝バイブ人形〟でした」

告白者◎進藤亜由美(仮名) ※附録DVD収録

性器への興味

小学校に上がる前から私は自分の性器に興味がありました。まだクリトリスという言葉も知らない頃、そしてそれがクリトリスといえるようなものではなかった頃から、私は性器を触ってしまう癖がありました。母親に何度も注意された記憶があります。
小学校低学年のときにはもう性器のあたりを触っていると何となく気持ちよくなることを覚えました。五年生になって陰毛が生えてきたときはじめて、母親と同じになるのだとわかりました。
じゃあ、母も私と同じように性器を触って気持ちよくなっているのだろうか、と思いました。でも、母がそんなことをしているかどうかなんて、なぜか訊けませんでした。
中学生になってわりとすぐに、大人の男女がセックスすることを知りました。具体的な話ではなかったけれど、どうするかはだいたいわかりました。
(ああ、それでここは気持ちよくなるんだ)と思いました。小さい頃に父ともお風呂にいっしょに入っていたので男性器がどういうものなのかはわかっていました。でもそれが、硬くなることは知りませんでした。父が勃起しているところなど今では想像するのもいやですが、そのときは唯一知っていた男性器が硬くなって大きくなるのを想像しました。
(あのおち○ち○が大きくなって私のここに入るのかな? そんなのが入って本当に気持ちよくなるのかな?)などと思いめぐらせてしまいました。そして、もしそういうときになったとき、相手の男性器が私の性器に入らなかったら大変だと思いました。
今思い返すと本当にくだらないことですが、そのときは真剣に心配したのです。そして、今から少しずつ広げておかなければと思い、指を入れることにしました。それまでは性器の上を全体的にさわって擦る程度でした。だから、初めは怖い感じがしました。こわごわと人差し指を入れていきました。

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【MC25】露出マゾヒスト特集:私の生き甲斐は、恥ずかしい調教メールをいただくことです。 報告:ピッピ(PN)

【編集部より】この投稿は、本誌3月号の交際メッセージ特集号に掲載されたピッピさんからの報告投稿です。交際希望の手紙の多さに「全くお返事出来なくて申し訳なくて」と深刻に悩まれていたので、メール交際成立中のご主人様との様子を小誌に投稿報告することで、そのお礼のお返事とすることをお勧めしました。皆様のご理解をお願いします。

去年の暮れに交際メッセージを掲載していただいたピッピ(PN)です。
最初、編集部から回送のお手紙が8通だったので、単純な私は、その中からすぐにお相手を選びました。遠く離れた場所に住む、Fさまです。
ところが翌週、編集部から回送のお手紙が44通も来ました。それから1カ月ほどは何度も送られて来ました。その間、Fさまとのメール調教も始まっているのに、まだ別のご主人様を探すのは、あんまり……?
でもお返事はしないと……でも、きちんとお相手の人柄や嗜好を理解した上で、それに応じたお返事もとなると、ウマくお断りが書けないし、全然書く時間も能力もない……と、心が折れてしまいそうでした。
その頃、編集部から回送後の交際状況についての質問メールが来ましたので、ご相談したところ、読者の皆様宛への挨拶と近況報告の投稿を提案されました。すぐFさまに連絡をとると、同じように投稿を強くすすめられ、今これを書いています。

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【MC25】露出マゾヒスト特集:まわりの人たちから地味な奥様と言われる私の正体は露出マゾヒストなのです。投稿者清水かおる(仮名)

初めて投稿させていただきます。私は三十三歳で八年前に親が決めた結婚をしました。
でも、子供はいません。夫の親も私の親も早く孫の顔を見せてくれと望まれていました。なかなかできないので、それが私にはプレッシャーでした。私は欠陥女なのではないかと思い悩んだりもしました。
夫の問題で子供ができないのが判ったのは三年前でした。でも、それ以来、夫は私の体に触れようともしなくなりました。
お恥ずかしいことですが、私は子供の頃から内気な性格で、男の方とお付き合いをしたこともありませんでした。大学を出て社会人になってもヴァージンのままでした。
とくに結婚まで大事にしておくというように決めていたわけではありません。ただ、男性とデートすることさえ一度もなかっただけのことでした。
誘っていただいたことがないわけではありません。でも、小学校のときのあることがきっかけで、私は性的なことについて極端に拒絶感が出来てしまい、個人的なことでは男性と距離をおいてしまうような女になってしまいました。

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【MC24】処女であることを気づかれてしまうかもしれない、羞恥と恐怖の中で 私は診察台に上がったのです。

徳村栞(仮名)

「私は今年の秋35歳になる、東海地方に住む女性ですが、今まで仕事一筋だったこともあり男性とお付き合いをしたことがありません。周りからは明るくてしっかり者と言われる私ですが、貴社の本をよむような性癖があり、ひとり悩んでいます。パートナーを求めている訳ではなく一度限りと思い、顔、素性を出さずモデルをしてみたいのです」

これは、栞さんからの一回目のメールです。その後、何度か編集部とのやりとりがなされ、栞さんが悩んでいた性癖について、少しずつ解き明かされていきました。

「(前略)去年の10月に初めて子宮の癌検診を受けました。他の人に見せるのも、触らせるのも初めてだったことと、先生や看護婦さんが、もしかしたら私が処女であることに気付いてしまうかもしれないという恥ずかしさで怖くて仕方ありませんでした。
しかも男性の先生でした。言われるままに台に乗りましたが、足を少し閉じ気味だったのか、何も言わずに左右に膝を開かれ検査を始められました。その後は触られているのか、何か入れられているのか訳が分からず、猛烈な恥ずかしさと痛みが残りました。しかも、生理が終わって間もなかったため、出血があったみたいで、そのことを他の人の前で言われナプキンを渡されました。あまりの恥ずかしさに血の気が引きました。ただ、こんな中でも私のあの部分は濡れていました。この時、乳ガン検診も初めてしましたが、乳房を揉まれ、ぎゅうっと先っぽをつままれた時も、恥ずかしさとともに何だか満足した気がします(後略)」

栞さんからの4度目のメールで、昨年の婦人科検診の経験から、栞さんは抵抗できないような絶対的な状況で辱しめられるようなこと……未経験の女性の部分を検査されることを、マニア倶楽部で叶えてほしいと強い意思表示が書かれていました。本誌24号の「あなたの町のマニア女性」の頁に栞さんの取材記事。そしてモノクロ頁には、栞さんが体験した婦人科検診の羞恥告白の全文を掲載しています。

●初めての剃毛を受け入れた栞さん。




【MC24】羞恥マゾヒスト特集 女子大生の手記 私はどんなに恥ずかしい命令にも従う奴隷です。

投稿者)上野真由希(仮名)

私はいま、ものすごく恥ずかしいことを書こうとしています。
自分がこんな人間になってしまうなんて、まったく思いもしませんでした。でもきっと、こんな私が本当の私なんだと思うのです。私はどうしようもなく恥ずかしい女なのだといまこの瞬間にも感じています。
私はいま二十歳の大学生です。小さい頃から趣味でヴァイオリンを弾いていて、いまも続けています。
私は幼稚園のときからあがり症な子でした。人前だと緊張してしまい、先生からの質問に思うようにお返事が出来なくなってしまいました。すぐに顔が赤くなってしまっていました。家族以外の人と視線を合わせることが怖かったのです。
そんな人見知りでは先生やお友だちに嫌われてしまったのではないかと不安で、ますます自分の中に閉じこもってしまうようになってしまいました。
幼いのになぜそのような大人びたことを考えてしまったのか解りません。でも、みんなから変に思われてしまうのではないかという不安でいつも頭の中がいっぱいでした。

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【MC23】性奴隷として肉穴すべてを捧げる喜びを知りました。

『マニア倶楽部』交際欄で出会ったカップルからの投稿 *DVD収録
(投稿)里香(PN)

昨年の『マニア倶楽部』3月号の交際欄で知り合ったKさんから奴隷調教を受けています。実践レベルではまだまだ初心者で、奴隷というものがどういうものなのかとKさんから教えてもらっている最中です。経験者のKさんと知り合って、SMの奥深さを知りました。ただ羞じらいの中にある性的興奮だけを思い描いていましたが、それだけじゃないんだと教えてもらって驚いています。出会いの場を提供してくれたマニア倶楽部さん、お手紙をくれたみなさんに感謝します。ありがとうございました。
交際希望メッセージを掲載していただいたときに書いた中学時代の「自分の恥ずかしい部分を見られる興奮」は、今も私の心をとらえています。
初めてKさんからSMプレイというものを教えてもらったその日に、いきなり「どれ見せてごらん」と顎を掴まれて、指で唇をくちゃりと押し広げられてブリッジが入った前歯を丸出しにさせられたとき、あのときの羞恥体験と同じ体の火照りに包まれました……。
以下は本誌をご覧ください。




【MC22】医療マゾヒスト特集 多くの男性の前で膣検査を願う美人OL。

【編集部より】
今回、小誌の医療マゾヒスト特集を組むにあたり、是非会ってみたい女性がいました。中学生時代に小児婦人科病棟に入院し、手術を受けた経験のある手記を送ってきた皆藤孝子さん(仮名)。彼女は、生まれつき膣がない「膣欠損症」という先天性奇形でした。女性器の稀な症例であることや、屈辱的な検査について、勇気を出して告白してくれました。さらに、その中学生時代の入院経験と特殊な恥ずかしい体験が忘れられないと綴られています。そんな複雑な思いを抱えていた彼女に、編集部は「孝子さんの手記に書かれていることを再現(撮影)をしてみませんか?」という提案をしてみました。
彼女からの返事はなく半ば諦めかけていましたが、一ヶ月後、孝子さんから「是非ともお願いします」という返事がきました。
孝子さんがすぐに返信が出来なかった理由は、来春結婚が急遽決まり、さらに悩みが深まったからという。この願望を抱えたまま果たして結婚してしまっていいのだろうか? という複雑な思い……。それでも、ずっとモヤモヤしていた感情に決着をつけたいという気持ちになり今回の撮影を決意されたという。以下は、編集部に送られてきた孝子さんの手記になります。

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