[MC57]授業中にオナニーする少女だった私が先生と出会い、秘密の性癖が開花しました。

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教授と教え子・年の差夫婦のSM生活公開 ※付録DVD収録
めぐみ(仮名)

奴隷妻の誓い
私はあまりSMのことに詳しくりません。自分がMだってことも特に意識したこともありません。
ただ、先生(本当は先生のことは「雄二様」と呼ばないといけないんですが、Hモードの時以外はやっぱり「先生」としかいえないので、ここでも基本「先生」と書きます)、私のことをMだといいます。
そして私は今年の春、大学を卒業すると同時に先生と結婚しました。
二倍近く離れた年の差結婚の永久就職ですが、そのプロポーズのSEXの時にも、先生からこういいつけられました。
「ただの花嫁としてめぐを迎えるんじゃないからね。めぐはこれから一生、私の奴隷妻だ。それを誓えるか?」

男性とは縁の薄いというか、なぜか毛嫌いされてきました。
そんな私にとって、初めて私のことを優しく受け入れ、理解し、同調してくださり、私自身、自分でも困っていたもどかしい性欲を、初体験セックスで鮮やかにパーッと、メロメロに打ち晴らしてくださった先生の申し出です。それにNOと答える要素なんてゼロで、喜んで一生の奴隷妻を誓いました。
「めぐちゃんはとってもスペシャルな子。私の宝物よ。めぐちゃんがどんな大人になって、どんな花嫁さんになるのか、すっごく楽しみ。ママ、ずっと応援してるからね」
奴隷妻プロポーズの時以来、母がよくそういっては私を息苦しいほどにハグしてくれていた光景と口癖が、私の頭の中に頻繁に去来します。
そして恥ずかしい(でもちょっぴりは誇らしくもある)先生との新婚性生活の今回の投稿用写真やビデオを眺めつつ、このお手紙を書きながらも、母のことを思い出して、胸がいっぱいになります。

虐待&指マン

自分ではなかなか自覚もなかったのですが、私は幼い頃から子供仲間だけじゃなく、大人からも敬遠される子でした。
人の話とはピント外れなことを答えるばかりか、話しだすとその話が回りくどく延々と喋りつづけてしまうようです(今でもその傾向はあります)。
あきれて人が聞いてくれないと、ひとりごとを続けます。自宅や通学路でのひとりごとなら、他人の迷惑にはなりませんが、教室でもやらかしてしまうので、同級生からも先生からも問題児扱いでした。
だから、保育園時代から仲間はずれで、お友達もできませんでした。ひとり遊びしていることが多かったです。
たまに数人の子に囲まれてかまってもらえると、とてもうれしいのですが、でもそれは決まってイジメでした。
「バ○」か「キ○ガイ」とののしられ、はやされて、こづかれたり、ぶたれたり……。
痛いことをされると泣きますが、でも不思議と悲しい感情はありませんでした。
それより、かまってもらえたことがうれしくて、泣きながらも楽しい、うれしい気持ちも同居しているのです。
それが私の表情のどこかに出てしまうのか、
「なに泣きながら笑っているんだよ。キモイ」
と、よけいにぶたれる原因になったりしました。男子だけじゃなく、女子にも保育園から小学生の終わり頃まで、よくそうされました。
先生はさすがに複数ではありませんでしたが、担任の先生に居残りの教室で怒られ、ぶたれたことはどの学年でもありました。
保育園時代には、母によくいろんな病院に連れて行かれました。
病院といっても、注射とかされるわけではなく、お医者さんとお話するだけで、そのつど母は、
「めぐちゃんはとってもスペシャルな子。私の宝物よ」
とハグしてくれました。

この続きは本誌をご覧ください。